特別監視区域ロフィイフォルメ:1

【ロフィイフォルメ内部】

【ロフィウス通り】

 
スタスタと歩く上官を追いかけ、ロフィイフォルメのロフィウス通りを見てまわる。先程見た、アンテナリア通りとの境目の過酷な場所​​──上官が「あの辺りは2つの通りの特徴が混ざるから特に酷い。そこから見たのはわざとだ。悪かったな」と悪びれもなく言ったので、オレはせり上がってきた苦味を耐えながら、愛想笑いでなんとか流した​──に比べ、まだ平穏を保っているようにも見える。

それでも地面に人が転がっていたり、待ちやがれと叫び傭兵に子どもを追わせる露店の店主がいたり、雑居ビルの隙間で項垂れて時が過ぎるのを待ったりする人々は絶えない。……そして、こちらを見る目つきが獲物を見る目であることも変わらない。ここが彼らの、まさしく巣穴であること、我々はいつ噛み付かれてもおかしくないことを実感させられる。​───────と、その時。

「ッ!」

反射的に体が動き、己に伸ばされていた手を既で捕らえた。声変わりの最中なのか、掠れた声が叫ぶ。

「チッ、離せ!」

捕まえたものは腕だった。細い。…細すぎるといっても、いいほどに。
腕を辿り下手人を見ると、それを隙と見たのだろう、その人物は今まさにナイフを突き出そうとしている様子だった。 油断も隙もない!

「っと!」

腕をひねりあげて抑え込む。その拍子に下手人の手から落ちたナイフを踵で蹴り飛ばそうとするも、直前に上司が拾い上げるのがわかった。

「離せっつってんだろ! ナイフ返せ、テメェ!」

声を荒らげて拘束から抜け出そうとする……少年だ。
痩せぎすで、小柄で、頬は痩け、目つきは悪く、暗く濁った瞳をしている。険しくどこか大人びた雰囲気のある表情と肉体の発育がどこかアンバランスだ。……それなのに、ナイフを振ることに躊躇いはなく、奪うために伸ばした手に迷いもなかった。

(こんな子どもが、こんな場所で…)

そっと目を伏せると、少年は苛立ちを増したようだった。

「お偉いさん方はこんなもの初めて見ましたって? 憐れンでんじゃねえよ気持ち悪ィ」

心底不快そうに顔を歪めている少年の吐き出す言葉は刺々しい。そんな少年に、上官が声を掛けた。

「おいガキ。ナイフを返して欲しければ、この通りを案内してくれ」
 



面倒事には関わりたくねえ。さっきからお前ら狙われてる自覚ねえのかと嫌そうに顔をしかめる少年だが、上官が持つナイフから離れる様子も見せない。
 
なるほど彼の弱点はこれか、と思う。こんな町、こんな場所で持つ「宝物」なんて大きな隙になるだろうに……いや、そこまで踏み込む関係でもないのだ。

様子を見ていると少年が口を開く。

「…………案内はロフィウス通りだけで構わねえよな」
「勿論だ。報酬も約束しよう」
「……こんだけ人目のある前で報酬とか宣ってんじゃねえよボケ。最悪だ」
「……悪かった」

とはいえ、交渉は成立したようだった。

「……ん。分かってる。掴まされた分は働くさ。行くぞ。周りに気を取られたら、全財産と腕1本は持ってかれると思え」

少年の案内を聞きながら、露店や見るからに違法な建築物件が黒々と入り組み立ち並ぶロフィウス通りを歩く。清掃が行き届いているわけもなく、道にはゴミが散らばっている。
少年はこの通りに精通している様子で、先程よりも随分と進みがスムーズだ。慣れた者の進み方だからこそ、向けられる視線もいくらか減っている。……完全に、歩き方でこの場所に来たばかりの者だと把握されてマークされていたのだろう。

 



「どんな店があるのか……富裕層向けのちゃんとした店から、ろくでもねえ露店までピンキリだな。まず盗もうとするやつも多いから、高価で価値のあるものほど高い階に厳重に並べられてるらしい。質の悪いパン、傷んだ肉、しなびた野菜とか、そういうのを安くで売っているのが、遠くにでけえ建物が見えてるだろ。あのピスカトリウス1階に並ぶ店だ。あとは解れた服とかな」

「人によってはそれを得るのすら精一杯だったりするから……見ろ。あの道を抜けたところで買い物帰りの奴を待ち伏せしてるのもいる。やられる前にやっとけよ。最低限すら得る術が無いなら、どのみち長生きはしねえんだ」

 
「さっき少し話したピスカトリウス。そう、ここで1番でけえ店。階が上がるにつれて、売っている品物の質、内容、値段が上がっていくんだと。

縁がなくて俺も2階以上に行ったことねえから、何が売られてるのかは知らねえが……どうせろくなもんじゃないだろうよ。階が上がるにつれて厳重に傭兵に守られてるって話だしな。
 割り入ったバカがたまに窓から投げ落とされてる。アンタ等も気をつけな」

「………おいボーッとすんな。よく知らんままぼんやりしてたら、こっちが商品になりかねねえ。
ピスカトリウスについて俺が一つだけ知ってるのは、階が上がるにつれて商品に人が入り出すってことだけだ。外から連れられてきたり……口減らしに売られたり。見目が金目になると思われたり、労働力を求められたり……最悪バラされて臓器になったりしてな。ゴミ溜めの暗部に出荷されたりもするんだと……だから人攫いもここらで頻発するんだ。手っ取り早く金を作れるから。とにかく、物流はここが1番流れが激しく忙しない。基本は用件だけ済ませてさっさと離れることだ。貪られても知らないからな」

「……俺? はっ、安定した生活ができるなら、そもそもここには居ねえだろ。下地もできねえからここに流れ着くんだよ」

 



「…………と、まあこんなもんか。ここは物流が早い分、人が多くて危険だ。集まる人間の貧富の差もさらに激しい。通りすがりにも見かけただろ、その日の飯を得るための略奪や暴力が日常茶飯事だ。……もういいだろ、ナイフ返せよ」

少年の案内は、口調や態度に反して存外に丁寧だった。直ぐにトラブルに巻き込まれる通りだからとわざわざ立ち止まりはしないものの、こちらの様子を確認しつつ道すがら補足を入れてくれていた。

そうして関わるうちに、ぶっきらぼうに話す少年の心根が、この場所に慣れてはいるが馴染みきってもいないことも、薄らと分かってしまった。

(…………どうにかできないのか? ここにはまだ染まりきらない彼のような子どもが、他にもいるはずだ……)

1度入ってしまえば、容易には出られないロフィイフォルメ。その中で生まれ、あるいは連れてこられた子どもたちに対して、何か。

ぐるぐると考えを巡らせていると、上官が少年に声をかけていた。

「少年。名前はなんだ?」
「…………チッ。ジュニパー」
「なるほど……ナイフの柄がネズの木だからか。確かに良いナイフだった」
「…………」
「ここまでの案内、助かった。次があればまた頼む」

上官が少年から離れながら、ナイフと硬貨を投げ渡す。容易くそれらを受け取った少年……ジュニパーは、次なんざねえよと言いたげに舌打ちをする。

「おい、間抜け面のアンタ。生ぬるい考えしてるようだが、ここじゃ誰も信じねえことだな。おっさん、アンタからも言っとけよ」

冷たく吐き捨ててこちらを鋭く睨めつけたあと、ジュニパー少年は踵を返して立ち去ってしまった。

「…………」
「…………上官」

煙草を探しているのかポケットの中に手を突っ込んでいる上官に声をかける。上官はオレの甘い考えなどお見通しのようだった。

「どうしたら助けられるかなんて下手なことは考えるなよ。ここじゃ正義や優しさなんて無意味だ。誰も彼もが生きることに必死で、差し伸べられた手を必要な分だけ手に入れて切り上げる頭なんてハナから持ち合わせちゃいないんだからな」
「……」

はい、と返した返事は掠れてしまっていた。

無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう